歴史散歩道[第1弾]江戸深川情緒の研究 驚きの「記録写真」たち―80年前の新旧永代橋

驚きの「記録写真」たち―80年前の新旧永代橋

 この記憶が、あとになって大いに役立つ。

 最初の「深川歩き」を終えたその夜、自宅のパソコンと向き合った。グーグルの検索エンジンに「東京市電」と打ちこんでみる。「都電」ではなく「市電」としたところが味噌だった。

 一発で核心に到達したのである。若干の手続きのあと、いきなり、昭和2年(1927)に撮影されたもの、と断って「1型車両」と思われる路面電車のモノクロ写真がアップで飛び出してきた。丁寧に解説文がついている。左に見えるのは旧永代橋です、と。たしかに橋梁の一部が見える。

 昭和2年なら、まさに西村教授の見た「永代橋界隈」そのものである。もう一枚、パンタグラフを触覚のように伸ばした「東京市電(251型と呼ばれたらしい)」が、荷馬車とT型フォードと思われる自動車と並走しているショット。

 画面を一枚めくって、息をのんだ。三連アーチの、すでに消えていたはずの永代橋を中央に、左に完成したばかりの新・永代橋、そして右側に電車のレールをのせた鉄橋らしきものが寄り添っている。カメラは中央区新川側から、その当時の深川区へ向けられていて、よく見ると、新・永代橋を行く馬車、自転車、歩行者はそろって深川方向を目ざしている。それで肯けた。電車のレールの右側を、さらに車道と歩道が重なって、こちらへ、つまり日本橋方向へ向かって片側通行している理由が……。おそらく、この時期だけの暫定処置だろうが、それにしても、さまざまなことを語りかけてくる、貴重なショットといえよう。 

 説明文を読む。明治44年に東京鉄道株式会社を東京市が買収し、東京市電気局となり、東京市電になったとのこと。大正12年の関東大震災で写真中央にある旧永代橋の床部分が焼け落ち、左の永代橋(いまの永代橋)ができたばかりです、と。

 これだけの有難い資料を持っているのは、どこのどなただろうか。写真の出所を求めて、さらに画面をめくって驚いた。『ちくま味噌』と白抜きされた文字が、河岸に立ち並ぶ、時代ものの木造建物の左端にある黒い看板を指差している。なんと、赤穂浪士に甘酒を振舞ったという、あの味噌屋のホームページからだったのか。

 コピーがしゃれていた。ちくま味噌は江戸時代から永代橋際でお味噌の製造販売を行っています。勿論、この昭和2年の永代橋に東京市電が走っているときも、この地にて営みを続けていました、と。

 創業が元禄初年(1688)だという老舗「ちくま味噌」のWEBページは奥行きが深かった。商品の案内が済んだところで「情報ページ」を特設しており、「東京市電」のほかに「永代橋とちくま味噌」という欄がある。開いてみる。度肝を抜かれる。「永代橋 施工写真」と見出しをつけて、クレーンで持ち上げた鉄の橋梁に取り組む男たちの姿を紹介する。ガッチリと組みたてられた木の足場。この時代だからこその職人の技と、研究を重ねた施工者によって造られた橋であることをうかがわせます、と誇らしく解説を加えていた。

 続けて、大正15年(1926)12月22日の永代橋渡り初め祝典の模様が、その時代を物語る。深川側の橋の袂に、ずらりと横並びに整列する幌つきのT型フォード。当時、横浜の工場で組み立て生産をはじめたばかりなのに、それが10台も集まっているとは!

 つぎに紹介されている「渡り初めシーン」を見て、納得した。シルクハットをかぶった正装の紳士。江戸褄、留袖、日本髪姿の淑女。「まさに時代の最先端技術で完成させた日本人の誇りを感じます」と「ちくま味噌」はしめくくるが、この写真は、親、子、孫三世代健在の夫婦を先頭に、建築儀礼に則った渡り初めの模様を後世に伝える、貴重な資料でもある。

 提供者名も明記してある。西村教授の見た「永代橋界隈」復元へ、確かな糸が一本、確実に繋がってくれたようである。

 こうなると「探索」の手を弛めるわけにはいかない。翌日、「ちくま味噌」に接触して面談の約束をとりつけるのだが、そこからの展開は次の機会に譲るとして、江東区深川地区に足を踏み入れたときの報告に、戻るとしょう。



永代橋渡り初め式永代橋渡り初め式(東京大学工学部社会基盤学専攻所蔵)


永代橋開通式(東京大学工学部社会基盤学専攻 所蔵)永代橋開通式(東京大学工学部社会基盤学専攻 所蔵)
永代橋 開通風景:昭和2年(1927年)3月(東京大学工学部社会基盤学専攻 所蔵)永代橋 開通風景:昭和2年(1927年)3月(東京大学工学部社会基盤学専攻 所蔵)
大正14年(1925年)1月の旧永代橋 西村教授はこの風景のなかを深川入りしたのだろう(土木図書館所蔵)大正14年(1925年)1月の旧永代橋 西村教授はこの風景のなかを深川入りしたのだろう(土木図書館所蔵)
佐賀町側の当時の眺め 左端に「ちくま味噌店」の看板が見える(土木図書館所蔵)佐賀町側の当時の眺め 左端に「ちくま味噌店」の看板が見える(土木図書館所蔵)
永代橋の架橋工事 その時代の働く男たちの誇らしげな姿 右端が「ちくま味噌」永代橋の架橋工事。その時代の働く男たちの誇らしげな姿。(東京大学工学部社会基盤学専攻所蔵)